
ジャイアンツファンの散髪屋
散髪屋さんに進んだシリーズ
最終回
東京での見習い
毎日がハードなので
入店から3か月で
体重が13㎏減りました(笑)
お店は新宿と池袋にあり
各店舗 椅子が20台あります
同期が4人なので
各店舗に2人ずつ
一人10台受け持ち
床を掃いたり
刈布のかたずけなど
フル回転です
最初の半年は
午前中は別の場所で練習
午後からお店にでます
入店から1か月後に
シャンプーの試験があるので
閉店後は練習の日々でした
シャンプー 顔そり カット
全て試験制なので
合格しないとお客様に入れません
シャンプーに合格したら
次から次へお客様のシャンプー
大体1日に
30~40人の頭をシャンプーします
手が荒れてボロボロですね
入店から半年後に顔そりの試験
4年目に入ったらカットの試験
特に顔そりの試験は厳しかった
剃れれば良いって事ではないので
お客様に不快な思いをさせてはいけない
お客様を傷つけるおそれもある
ぼくは3回目で合格しました
1回落ちると1か月後に試験
先輩たちが付ききりで
練習してくれました
ありがたかったですね
合格したときは
自分ごとのように喜んでくれました
練習しても中々出来ない時
父親に上手く出来ないと
弱音を吐いた事がありました
その時の一言
出来るまで練習しろ
その通り
練習とはどれだけやったではなく
出来るまでやるのが練習です
2年目に入ったら
新人の指導係になりました
責任重大です
自分の復讐にもなり
良い経験でした
中々上手く出来ない子がいて
悩みに悩んで今にも辞めそうでした
自分もそうだったので
その子に寄り添う事が出来ました
何でも簡単に出来てしまう人には
わからない事ですね
その子が試験に合格したときは
自分の事のように嬉しかったです
5年が過ぎて
大阪に帰って来ました
見習いに入った時
お店の社長から
5年たったら大阪に帰れと言われました
社長さんも元々大阪で店をやっていて
東京に進出した人です
大阪と東京では人が違う
大阪の人の方が厳しい
だから大阪に帰って学べと
でも社長は僕が2年目の8月に
病気で亡くなりました
ぼくの顔そりの試験をしてくれたのも社長です
社長直々に指導を受けた
最後の弟子がぼくです
大阪に帰ってから
どこかのお店で勉強しようと思いました
が
父親がヘルニアで立てなくなって
入院する事になったので
従業員も居たので
そのまま働く事に
現在に至ってます
父親も13年前に亡くなりました
もっと学ぶ事があったと思います
それが残念で心残りです
東京に居た5年間はぼくにとったら
1番苦しい時だったけど
1番良い経験が出来た時でもありました
今でも初めて父親と
新宿のお店に社長に会いに行った時の事を
鮮明に覚えて居ます
初心を忘れず
これからも精進していきます
住所 | 大阪府箕面市粟生間谷西2-6-2-109 マップを見る |
---|---|
営業時間 | 10時~18時30分 |
定休日 | 月曜日 |
まだデータがありません。
Profile
1965年5月6日
大阪 東成区生まれ
1東京中央理容美容専門学校
1985年 理容そがわ入社
1990年 ヘアーサロン大和入社
大の野球好き
読売ジャイアンツの大ファン
Facebookのお友達申請 大歓迎
モットーは
お客様に笑顔で帰って頂くこと